昭和3年12月
現在の庄内川の中の島に故米田松三(講道館柔道九段)が創設。
昭和34年3月
現米田病院所在地の裏手に故米田一平医療法人米田病院初代理事長(講道館柔道七段)が四十四畳の柔道場と六畳の師範室などを備えた新しい道場を新設。その後、現在の米田本宅の裏手の自宅庭(現校舎所在地)に新たに米田道場を建設、中部柔整専門学校で言う「旧道場」が完成。しかしこの頃から町道場としての米田道場は少しずつ薄れていく。
昭和55年4月
中部柔整専門学院の柔道教育施設の拡充を目的として西区松西町に米田第二道場、いわゆる「新道場」が完成、「旧道場」とともに中部柔整専門学院の柔道場として親しまれた。
平成4年7月
米田中部柔整専門学院新校舎建設にあたり、「旧道場」が取り壊しとなり、「新道場」のみが米田中部柔整専門学院の柔道場となる。また同じ頃、現米田病院院長米田實により、町道場として、少年柔道を中心に米田道場が復活した。
平成6年8月
「米田柔整専門学校、米田道場」の建設工事着工。
平成7年3月
「米田柔整専門学校、米田道場」完成。
平成7年3月26日
「米田柔整専門学校、米田道場」道場開き式。